★ パウロ視点 ★
まさか、ルーデウスがあんなことを言い出すとは思っていなかった。
ウチの息子は成長が早い。
とはいえ、普通はああいうことを言い出すのは早くても十四、五を超えてからだ。
自分だって十一歳で、剣神流上級になった頃からだ。
言い出さないヤツは一生言い出さない。
「あまり生き急ぐと、早死にしちまうぜ……か……」
昔、オレにそんなことを言った戦士がいた。
当時、オレはそんな言葉を聞いて鼻で笑ったものだ。
周囲の奴らの生き方はゆっくりすぎる。人族が力のある時期は短いというのに、誰も走ろうとしていない。できる時にできる事を全部やる。やったことを咎められたら、その時は、後は野となれ山となれ、なんて思っていた。
まぁ、できる事をしたら結果としてデキてしまったので、生活を安定させるため、冒険者を引退し、貴族時代の親戚のツテを頼って騎士になったのだが。
それは置いておこう。
ルーデウスの生き方は、オレのよりもずっと早い。
見てて心配になるほどだ。
きっと、若い頃のオレを見てきた奴らも、そう思ったんだろう。
だが、無鉄砲で行き当たりばったりだったオレと違って、ルーデウスはきちんと計画的に物事を考えている。
このあたりはゼニスの血か。
「けど、ま、もう少し父親に縛られてもらうか」
そう思い、手紙を書く。
先日、ロールズにも相談されたのだが、シルフィはルーデウスにべったりだ。
シルフィから見れば、ルーデウスは地獄のような幼少時代を助けてくれた白馬の王子様だ。なんでも教えてくれるから兄のように慕っているし、最近では男女としても意識するようになったようだ。ロールズも、将来ルーデウスがもらってくれるのであれば、それに越したことはない、などと言っていた。
オレも、その時はあんな可愛い子が娘になるならそれもいいかと思ったが、今日のルーデウスの話を聞いて考えを改めた。
今の状況は洗脳に近い。
このまま成長すれば、シルフィはルーデウスなしでは何もできない大人になってしまう。
そういう奴は、貴族時代に何人も見てきた。
親に依存しすぎた木偶人形のような奴らだ。
それでも、依存対象がいる時はいい。
木偶でも操れば、面白い人形劇ができる。ルーデウスがシルフィを愛する限り、シルフィも大丈夫だ。
が、ルーデウスはオレの血を色濃く受け継いでいる。
女好きの血だ。
フラッと別の女になびいてしまう可能性もあるだろう。いや、オレの血を引いているのだ、間違いなくフラフラするだろう。
結果として、シルフィを選ばないかもしれない。
その時、残されたシルフィは立ち直れない。糸の切れた木偶人形は、決して立ち上がれない。
ウチの息子のせいで、あんな可愛い子の人生が潰される。
許せることではない。息子のためにもよくない。
手紙が書けた。
色よい返事が返ってくることを祈ろう。
しかし、さて。
あの口のうまい息子をどうやって説き伏せたものか……。
いっそ、力ずくでいくか。
第十一話「離別」
バイトをしたいとパウロに言って一ヶ月が経過した。
本日、パウロの元に手紙が届いた。
そろそろ返事が来たのだろうと、心の準備をして待っていた。
剣術の稽古の後か、昼飯、いや夕飯時かもしれない。
そう思って、いつも通り剣術の稽古を真面目に受けていた。
★ ★ ★
話は剣術の稽古の最中だった。
「なあ、ルディよ」
「はい、なんでしょう父様」
できる限り、キリッとした顔を心がけ、パウロの言葉に耳を傾ける。
なにせ、生前も含めて初めての仕事だ。
頑張るぞ。
「お前……さ。シルフィと別れろって言われたら、どう思う?」
と、パウロは変なことを聞いてきた。
「は? 嫌に決まってるじゃないですか」
「だよなあ」
「なんなんですか?」
「いや、なんでもない。話をしたって、どうせ言いくるめられるだけだしな」
その言葉を言った瞬間。
パウロが豹変した。
素人の俺でもわかるほどに殺気をむき出しにした。
「えっ!?」
「……!!」
無言の圧力と共に、パウロが踏み込んだ。
死。
そんな単語が脳裏によぎった。
俺は反射的に魔力を全開にしてパウロを迎え撃つ。
風と火の魔術を同時に使い、パウロとの間に爆風を発生させる。
自ら後ろに飛び、熱に押し出されるように大きく後ろへ移動する。
今まで、何度もシミュレートした。
パウロ相手には、一度距離を取らなければ勝ち目はない。
爆風は自分にもダメージがあるが、怯ませることができれば距離が稼げる。
パウロは爆風など無いかのように前傾姿勢でなおも突っ込んできた。
(やはり効果がない!!)
想定していたこととはいえ、焦る。
次の回避行動を!
後ろじゃダメだ。踏み込みの方が速い。
反射的にそう考え、自分の真横に、叩きつけるような衝撃波を発生させた。
ぶん殴られるような衝撃と共に、俺の身体が横方向に吹っ飛ぶ。
背筋の凍るような風切り音が耳を掠めた。
ちょうど俺の首があったであろう場所に、パウロの剣が振られるのが目に入る。
よし。
一撃目を避けた。これは大きい。まだ近いが、距離も取ることができた。
俺の勝ちが見えた。
俺は今まさにこちらに向かって踏み込もうとしたヤツの足元を陥没させる。
パウロが落とし穴を踏み抜いた。
と思った瞬間、一瞬で体重を逆足に乗せ替え、ほぼタイムラグ無しで踏み込んだ。
(両足を止めないとだめなのかよ!?)
俺は足元に泥沼を作り出す。
沈み込む前に足裏から水流を出し、滑るように後退する。
(しまった、遅い……!)
と、思った時にはもう遅い。
パウロは沼の端で、地面を踏み固めるような一歩。
踏み込みで地面が凹んだ。
たった一歩で俺に肉薄した。
「う、うああああ!!」
慌てて剣で迎撃する。
型も何もない、無様な一撃だった。
力任せに振るった俺の手に、ぬるりと嫌な感覚が伝わった。
(水神流の技で受け流された……)
それだけはわかった。
水神流の技で流されたということはカウンターがくる。
知っていたが、対処はできない。
スローモーションのように、パウロの剣が俺の首筋に吸い込まれる。
(ああ、木剣でよかった……)
首筋に衝撃を覚え、意識が暗い闇へと落ちていった。
★ ★ ★
目が覚めると、小さな箱の中にいた。
ガタガタと大きく揺れる感覚から、ここが乗り物の中であることを感じ取る。
身体を起こそうと思ったら、指先ひとつ動かなかった。見下ろしてみると、縄でぐるぐる巻きにされていた。
いわゆる簀巻きだ。
(どうなってんだ……?)
首を巡らせてみると、ねーちゃんが一人座っていた。
チョコレート色の肌、露出度の高いレザーの服、ムキムキの筋肉、全身に傷。
眼帯をつけていて姉御って感じのするキリッとした顔立ち。
まさにファンタジーの女戦士という感じのねーちゃんだ。
あと、獣っぽい耳と、虎っぽい尻尾があって、ちょっと毛深い。
獣族ってやつだろうか。
俺が見ていることに気づいたのか、目が合った。
「初めましてルーデウス・グレイラットと申します。こんな格好で失礼します」
先に名乗ることにする。会話の基本は先に喋ること。
先手を取れば主導権を握れる。
「パウロの息子にしては礼儀正しいのだな」
「母様の息子でもありますから」
「そうか。ゼニスの息子だったな」
両親の知り合いらしく、ちょっとだけホッとする。
「ギレーヌだ。明日からよろしく頼む」
明日から?
何言ってるんだろうか。
「それは、どうも、よろしくお願いします」
「ああ」
俺はとりあえず、火の魔術を使って縄を焼き切った。
身体が痛い。変なところで寝ていたせいか。
ぐっと伸びをする。
解放感。
狭い部屋で指先だけを動かすのには慣れているが、ドSっぽいおねーさんの前で縛られていると変な気分になるからな。
周囲を見ると、現在の場所は、まさに小さな箱だ。
前後には腰掛ける場所が付いており、俺はギレーヌと向かい合わせに座っている。