少年の額はというと、白い綺麗なおでこちゃん。
オッケー、セーフ。
彼は危ないスペルド族ではない。
「あ、ありがとう……」
お礼を言われて、ハッと我に返った。
おうおう、ビビらせてくれやがって。
腹いせにちょっとばかし、偉そうにアドバイスを開始する。
「君ね。ああいう奴らはちゃんとやり返さないと付け上がるよ」
「勝てないよ……」
「抵抗する意思が大事なんだ」
「だって、いつもはもっとおっきな子もいるんだもん……。痛いのは嫌だよ……」
なるほど。
抵抗すると仲間を呼んで徹底的に痛めつけるわけか。
こういうのはどこの世界も一緒だな。
ロキシーが頑張ったから大人の方は魔族を受け入れるようになったみたいだけど、子供の方はそうは行かないか。
子供ってやつは残酷だ。
ちょっと違うだけで爪弾きにしやがる。
「君も大変だね。髪の色がスペルド族に似てるってだけでイジメられて」
「き、きみは、平気……なの?」
「先生が魔族だったからね。君はなんていう種族なの?」
ロキシーのミグルド族はスペルド族と近しいと言っていた。
もしかすると、彼もそんな種族なのかもしれない。
そう思って聞いたのだが、少年は首を振った。
「……わかんない」
わからないか。
この歳なら、そういうもんなのかな?
「お父さんの種族は?」
「……半分だけ長耳族。もう半分は人間だって」
「お母さんは?」
「人間だけど、ちょっとだけ獣人族が混じってるって……」
半長耳族と、クォーターの獣人?
それでこんな髪になるのか……?
と思っていたら、少年は両目に涙を浮かべていた。
「……だから、魔族じゃないって……お父さん、いうけど……髪の色、お父さんとも、お母さんとも、違う……」
めそめそと泣きだす少年の頭をよしよしと撫でておく。
しかし、髪の色が違うとは大問題だな。
お母さんが浮気していた可能性が出てくる。
「違うのは髪の色だけ?」
「……耳も、お父さんより長い……」
「そっか……」
耳が長くて髪が緑の魔族……どこかにはいそうだな。
うーん、他人の家庭の事情にまではあんまり踏み入りたくないんだが、俺もかつてはイジメられっ子だったし、どうにかしてやりたい。髪の色が緑色ってだけでイジメられるのは可哀想だしな。
俺の遭っていたイジメは身から出た錆の部分もある。
けど、少年は違うだろう。生まれを変えるのは、自分の努力では不可能だ。
生まれた時から、髪の色がちょっと緑色だっただけで道端で泥玉を投げつけられる……。
うう……考えるだけで尿が出そうだ。
「お父さんは優しくしてくれてる?」
「……うん。怒ると怖いけど、ちゃんとしてれば怒られない」
「そっか。お母さんは?」
「優しい」
ふむ。声音から察するに、父親も母親もきちんと愛情を注いでいるようだ。
いや、実際に見てみなければわからないか。
「よし、じゃあ行こうか」
「……ど、どこに?」
「君についていくよ」
子供についていけば親が現れる。自然の摂理だ。
「……な、なんで、ついてくるの?」
「いや、さっきの奴らが戻ってくるかもしれないし。送るよ。家に帰るの? それとも、それをどこかに届けに?」
「お弁当……お父さんに、届けに……」
お父さんはハーフエルフだったか。
物語に出てくるエルフといえば、長寿で閉鎖的な暮らしをしていて、傲慢な性格で他の種族を見下している。弓と魔法が得意で、水と風の魔法を得意とする。あとは名前のとおり耳が長いことぐらいだ。
ロキシーの話によると、「大体それで合ってるが、別に閉鎖的ではない」らしい。
やっぱこの世界のエルフも美男美女が多いのだろうか。いや、エルフに美男美女が多いというのは日本人の勝手な思い込みだ。洋ゲーに出てくるエルフは過度にトンがった顔をしていてとても美男美女には見えなかった。日本人のオタクと外国人のパンピーの感性の違いかね。
もっとも、この少年の両親は美男美女のコンビで確定っぽいが。
「あの………なんで、守って、くれたの?」
少年は保護欲をかきたてる仕草で、おずおずと聞いてくる。
「弱い者の味方をしろと父様に言われてるんだ」
「でも……他の子に、仲間はずれにされるかも……」
そうだろうとも。
イジメられっこを助けたらイジメられました──なんてのは、よくある話だ。
「その時は君が遊んでくれよ。今日から友達さ」
「えっ!?」
だから、二人で徒党を組むのだ。
イジメの連鎖は、助けられたほうが裏切ることで起きる。助けられたほうが責任を持って、助けてくれた恩を返すのだ。もっとも、少年の場合はイジメの原因がもっと根の深い部分にあるので、裏切ってイジメっこの側にまわるとは思わないが。
「あ、家の手伝いとか忙しい?」
「う、ううん」
向こうの都合も聞いていなかったなと思ったが、弱気な顔でぶんぶんと首を振られた。
いいね、その表情。ショタコンのお姉さんがいたら一発でホイホイ釣れるだろう。
ふむ、これはいいかもしれない。
この顔なら、将来的に女の子にモテモテになるだろう。そして、つるんでいれば、そのおこぼれが俺の方にくるかもしれない。俺の顔は大したレベルじゃないだろうけど、男二人が並んでいた時、片方のレベルが高ければもう片方もそれなりに見えるものなのだ。
ちょっと自分に自信がない子は、きっと俺を狙うはず。
自信満々でぐいぐい来られるより、ちょっと自信なさそうな子の方が俺の好みだ。
いける。美少女が自分の近くにブスを置いて引き立て役にする。その逆をやるのだ。
「そういや、名前を聞いてなかったな。俺はルーデウス」
「シル…フ──」
小声でぼそぼそと言うので後半がやや聞き取りにくかったが、シルフか。
「いい名前じゃないか。まるで風の精霊のようだ」
そう言うと、シルフは顔を赤くして「うん」と頷いた。
★ ★ ★
シルフの父親は美形だった。
尖った耳に、輝くような金髪、線は細いが筋肉が無いわけではない。ハーフエルフの名に恥じぬ、エルフと人間のいいところ取りをしたような男性だった。
彼は森の脇にある櫓で、弓を片手に森を監視していた。
「お父さん、これ、お弁当……」
「お、いつもすまないなルフィ。今日はイジメられなかったかい?」
「大丈夫、助けてもらった」
目線で紹介されて、俺は軽く会釈をする。
ルフィというのは愛称か。手とかが伸びそうな感じである。
シルフもあれぐらい能天気で傍若無人ならイジメられたりしなかったろうに。
「初めまして。ルーデウス・グレイラットです」
「グレイラット……もしかして、パウロさんの所の?」
「はい。パウロは父です」
「おお、話には聞いていたが、礼儀正しい子だ。おっと、申し遅れた。ロールズです。普段は森で狩りをしています」
聞くところによると、ここは森から魔物が出てこないように見張る櫓で、二四時間体制で村の男衆が持ち回りで見張りをしているらしい。当然ながらパウロにも当番があり、ロールズはそこでパウロと知り合い、互いに生まれた子供のことであれこれと相談しあったのだとか。
「ウチの子はこんな見た目だが、ちょっと先祖返りをしてしまっただけなんだ。仲良くしてやってほしい」
「もちろんです。仮にシルフがスペルド族だったとしても、僕は態度を変えたりはしませんよ。父様の名誉に掛けてもね」
そう言うと、ロールズは感嘆の声を上げた。
「その歳で名誉かぁ……優秀な子でパウロさんがうらやましいなぁ」
「小さい頃に優秀だった子供が、大人になっても優秀とは限りません。羨ましく思うのは、シルフが大人になってからでも遅くはありませんよ」
シルフのフォローを入れておいてやる。
「なるほど……パウロさんの言っていたとおりだ」
「……父はなんと?」
「君と話していると親として自信を失うらしい」
「そうですか。では、これからはもう少し悪さをして説教をさせてあげることにしますかね」
などと話していると、服の裾を引っ張られた。見れば、シルフがうつむきながら俺の裾を引いていた。大人同士の話は子供にはつまらんか。
「ロールズさん。ちょっと二人で遊んできてもいいですか?」
「ああ、もちろんだとも。ただし、森の方には近づかないように」
それは言われるまでもないが……。
ちょっと足りないんじゃないかね?
「ここに来る途中に大樹のある丘がありましたので、あの辺りで遊んでいると思います。暗くなる前に責任を持ってシルフを送り帰します。帰りに丘の方を見て、家に帰ってもいなければ、なんらかの事件に巻き込まれた可能性が高いので、捜索をお願いします」
「あ……ああ」
なにせ、携帯電話もない世界だ。ほうれんそうはキッチリ守るのが大事だ。
トラブルを全て避けることはできない。すぐにリカバリーするのが大切なのだ。
この国はかなり治安がいいみたいだが、どこに危険が潜んでいるかわかったもんじゃない。
唖然としているロールズを尻目に、俺たちは丘の木へと戻った。
「さて、何をして遊ぼうか」
「わかんない……と、友達と、遊んだことないから……」
友達、という部分でシルフは少し躊躇った。きっと今まで友達がいなかったのだろう。
可哀想に……。いや、俺もいなかったけどな。
「うん。とはいえ、俺も最近になるまで家に引きこもってたからな。さて、どんな遊びをしていいのか」
シルフはもじもじと手を合わせて、上目遣いにこっちを見てくる。
背丈は同じぐらいなのだが、背中をまるめているので、俺を見上げてしまうのだ。
「ねえ、なんで、ぼく、とか、おれ、とか言い方を変えるの?」
「え? ああ。相手によって変えないと失礼になるからな。目上の相手には敬語だよ」
「けいご?」
「さっき、俺が使ってたような言葉のこと」
「ふぅん?」
よくわからなかったらしいが、誰でもおいおいわかっていくことさ。
それが大人になるってことだよ。
「それより、さっきの、あれ。教えて」
「さっきのあれ?」
シルフは目をキラキラさせながら、身振り手振りで説明してくれる。
「手から、あったかいお水がざばーって出るのと、暖かい風が、ぶわーって出るの」
「あー。あれね」
泥を洗い流した時に使った魔術のことだ。
「難しい?」
「難しいけど、練習すれば誰にでもできるよ……多分ね」
最近は魔力量が上がりすぎてどれぐらい魔力を消費してるのかわからないし、そもそもこっちの人らの魔力量が基本的にどれぐらいあるのかわからない。
とはいえ、水を火で温めているだけ。無詠唱でいきなりお湯、とまではいかないだろうが、混合魔術として使えば、誰にでも再現できる。だから多分大丈夫だ。多分。
「ようし。じゃあ今日から特訓だ!!」
こんな感じで、俺はシルフと日が暮れるまで遊んだ。
★ ★ ★
家に帰ると、パウロが怒っていた。
怒っていますという感じに腰に手をやって、玄関の前で仁王立ちしていた。
さて、何をやらかしたっけか。心当たりといえば、大切に保管してある御神体を発見されたことぐらいだが……。
「父様。只今帰りました」
「なんで怒っているかわかっているか?」
「わかりません」
まずはシラを切る。もしパン……御神体を発見されていなかった場合、やぶ蛇になるからな。
「さっき、エトの所の奥さんが来てな、お前、エトの所のソマル坊を殴ったそうじゃないか」
エト、ソマル。誰だそいつ?
聞き覚えのない名前が出てきて、俺は考える。
基本的に、俺は村では挨拶ぐらいしかしていない。
名前を言えば、向こうも名乗ってくれるが、その中にさて、エトという名前がいたような、いなかったような……。
ん、まてよ。
「今日の話ですか?」
「そうだ」
今日出会ったのは、シルフとロールズと、三人のクソガキだけだ。
てことは、ソマルってのは三人のクソガキの一人か。
「殴ってはいません。泥を投げつけただけです」
「この間、父さんが言ったことを覚えているか?」
「男の強さは威張るためにあるんじゃない?」
「そうだ」
ははーん。
なるほど、そういえば、去り際に魔族と仲良くしてるのを言いふらしてやるとか言ってたな。
どういう嘘を吐いて殴ったことになったかわからないが、とりあえず俺のネガキャンをしたというところか。
「父様がどういう話を聞いたのかはわかりませんが……」
「違う!! 悪いことをしたら、まずはごめんなさいだ!!」
ぴしゃりと言われた。
どういう話を聞いたのかはわからないが、鵜呑みにしているらしい。
参ったな。こういう状況だと、シルフがイジメられているところを助けたと言っても、ウソくさい。
とはいえ、一から説明するしかないか。
「実は道を歩いていたら……」
「言い訳をするな!!」
段々イライラしてきた。ウソ以前に、俺の言い分を聞いてくれる気すらないようだ。
とりあえずごめんなさいしてしまってもいいのだが、それはパウロのためにもよくない気がする。
いずれ作られるであろう弟か妹に理不尽な思いをしてほしくはない。
この叱り方は、ダメだ。
「………」
「どうした、なぜ何も言わない?」
「口を開けば言い訳をするなと怒鳴られるからです」
「なに!?」
パウロの眦が釣り上がる。
「子供が何か言う前に怒鳴りつけて謝らせる。大人のやることは手っ取り早くて簡単で、羨ましいですね」
「ルディ!!」
バシッ、と頬に熱い衝撃が走った。
殴られた。
が、予測していた。挑発をしたら殴られる、当然だ。
だからぐっと踏みとどまった。殴られるのなんて二十年ぶりぐらいか……。
いや、家を出る時にぼっこぼこにされたから、五年ぶりか。
「父様。僕は今まで、できる限り良い子でいるように努力してきました。父様や母様の言いつけに背いたことは一度もありませんし、やれと言われたことも全力で取り組んできたつもりです」
「そ、それは関係ないだろう」
パウロも殴るつもりはなかったらしい。
目に見えて狼狽していた。
まあいい。好都合だ。
「いいえ、あります。僕は父様を安心させるように、信頼してもらえるようにと頑張ってきたんです。父様はそんな僕の言い分は一切聞かず、僕が知らない相手からの言葉を鵜呑みにして怒鳴りつけ、あまつさえ手まで上げたんです」
「しかし、ソマル坊は確かに怪我をして……」
怪我?
それは知らないな。自分で付けたのか?
だとしたら当たり屋みたいな奴だな……。
だが残念だったな。俺には大義名分がある。
怪我なんていうちんけな嘘じゃなくてな。
「仮にその怪我が僕のせいだったとしても、僕が謝ることはありません。僕は父様の言いつけには背いていませんし、胸を張って僕がやったと言いましょう」
「………ちょっとまて、何があったんだ?」
おっと、気になってきたな? でも、聞かないと決めたのはお前だぜ。
「言い訳は聞きたくないのでは?」
そう言うと、パウロはグッと苦い顔をした。もうひと息か。
「安心してください父様。次回からは三人掛かりで無抵抗の相手一人を攻撃しているのを見ても無視します。あまつさえ四対一になるように僕の方から動きましょう。弱い者を寄ってたかってイジメることこそがグレイラット家の誇りであり家訓なのだと周囲に喧伝しましょう。そして大きくなったら家を出て、二度とグレイラットとは名乗らないことにします。実際の暴力は無視して、言葉の暴力を許すような、そんなゴミクズの家の人間だと名乗るのは恥ずかしいので」
パウロは絶句していた。
顔を赤くし、青くし、葛藤がかいま見える。
怒るかな。それとも、もうひと息必要かな?
やめておいたほうがいいぞパウロよ。俺はこれでも、二十年以上勝てるわけのない口論で言い逃れ続けてきた男。たった一つでも切り口があれば、最低でも引き分けにもっていけるのだ。
まして今回は完全なる正義。
お前に勝ち目はない。
「……すまなかった。父さんが悪かった。話してくれ」
パウロが頭を下げた。
そうだな。変な意地を張ってもお互い不幸になるだけだ。
悪ければ謝る。それが一番だよ。
俺も溜飲を下げ、事の詳細をできる限り客観的に話した。
丘の上に登ろうとしていると声が聞こえた。三人の子供が休畑の中から、道を歩く一人の子供に泥を投げつけていた。泥を一~二発投げつけてから説き伏せると、彼らは悪態をついてどこかへ行ってしまった。泥を投げつけられていた子を魔術で洗ってやり、一緒に遊んだ。
といった感じに。
「ですので、謝るのでしたら、そのソマル君とやらがシルフに謝るのが先です。体の傷はすぐ消えますが、心の傷はすぐには消えませんので」
「……そうだな、父さんの勘違いだった。すまん」
パウロはしょんぼりと肩を落としていた。
それを見て、俺は昼間にロールズから聞いた話を思い出す。
『君と話していると親としての自信を失うらしい』
もしかすると、パウロは叱ることで父親らしい部分を見せたかったのかもしれない。
まぁ、今回は失敗したようだが。
「謝る必要はありません。今後も僕が間違っていると思ったら、容赦なく叱ってください。ただ、言い分も聞いてくれると助かります。言葉足らずだったり、言い訳にしか聞こえなかったりする時もありますが、言いたいことはありますので、意を汲んでいただければと思います」
「ああ、気をつけるよ。もっとも、お前は間違ったりしなさそうだが……」
「でしたら、そのうちできる僕の弟か妹を叱る時の教訓にしてください」
「………そうするよ」
パウロはハッキリと落ち込んだ様子で自嘲げに言った。
言い過ぎただろうか。五歳の息子に言い負ける。うん。俺だったら凹む。
父親としてはまだ若いもんなコイツ。
「そういえば、父様は、いま何歳でしたっけ?」
「ん? 二十四だが?」
「そうですか」
十九で結婚して俺を作ったのか。
この世界の平均結婚年齢が何歳ぐらいかはわからないが、魔物とか戦争とかも日常的に起こっているようだし、結婚年齢としては妥当な線なのか。
一回りも下の年齢の男が結婚して子供を生んで子育てで悩んでいる。それだけで、三十四歳住所不定無職職歴無しだった俺が勝てる部分は無いと思うのだが……。
まぁ、いっか。
「父様、今度シルフを家に連れてきてもいいですか?」
「え? ああ、もちろんだ」
俺はその返答に満足すると、父親と一緒に家の中へと入っていった。
パウロが魔族に偏見を持っていなくてよかったと思う。
★ パウロ視点 ★
息子が怒っていた。
今まで、さして感情らしい感情を見せてこなかった息子が、静かに激怒していた。
どうしてこうなったのだろうか。
事の起こりは昼下がり、凄い剣幕でエトの奥方が屋敷に怒鳴りこんできたことからだ。
近所で悪ガキとして評判の子供ソマルを連れており、ソマルの目尻には青い痣ができていた。剣士としてそれなりに修羅場をくぐってきたオレには、それが殴られてついたものだとわかった。
奥方の話は要領を得なかったが、要約するに、うちの息子がソマル坊を殴ったらしい。
それを聞いて、オレは内心でほっとした。
大方、外で遊んでいたら、ソマルたちが遊んでいるところを見かけて、仲間に入れてもらおうとしたのだろう。
しかし、息子は他の子供たちと違う。あの歳で水聖級魔術師だ。
きっと偉そうに何かを言って、反発を受けて喧嘩になったのだ。
息子はなんだかやけに聡くて大人びているが、子供らしいところもあるのだ。
エトの奥方は顔を赤くしたり青くしたりしながら大事にしようとしているが、所詮は子供の喧嘩だ。見たところ、怪我の方も痕になったりはしないだろう。
オレが叱って終わりだ。
子供なら殴り合いの喧嘩の一つもするだろうが、ルーデウスは他の子供より力を持っている。若くして水聖級の魔術師となったロキシーの弟子であり、三歳の頃からオレの指導で訓練してきた身体だ。
きっと喧嘩も一方的になったはずだ。
今回は大丈夫だったようだが、頭に血がのぼってカッとなれば、やりすぎてしまうかもしれない。
大体、頭のいいルーデウスになら、ソマル坊を殴らずに済ませる方法はあったはずなのだ。
殴るというのは短絡的で、もっと考えなければならない行動だと教える必要がある。
ちょいとキツめに叱ってやらないとな。
なんて思っていたのに、どうしてこうなった……。
息子は全然謝るつもりはないらしい。
それどころか、虫を見るような目でオレを見てくる。
確かに、息子にしてみれば、対等な立場で喧嘩をしたつもりなのかもしれないが、しかし力の強い者はその強さを自覚しなければならない。
まして、怪我をさせたのだ。とにかく謝らせよう。賢い息子のことだ。今は納得できないかもしれないが、必ず自分で答えにたどり着いてくれるだろう。
そう思い、強い口調で言い聞かせようとしたら、皮肉げに嫌味を言われた。
オレはその嫌味に、ついカッとなって殴ってしまった。
力の強い者はその力を自覚して、自分より弱い者に軽々しく暴力を振るうな、と説教しようとしていたのに。
オレは殴ってしまったのだ。
今のは自分が悪かったと思ったが、説教をしている立場で口にするわけにもいかない。
今しがた自分のした行動をするなと言っても説得力がない。しどろもどろになっているうちに、息子は遠まわしに自分は悪いことをしていないと言い出し、それがダメなら家を出るとまで言い出した。
売り言葉に買い言葉で、出ていけと言いそうになったが、ぐっと我慢する。
我慢しなければならないところだった。
そもそも、オレ自身も、堅苦しい家で厳格な父が頭ごなしに叱ってくるのに嫌気がさし、大喧嘩の末に家を飛び出したのだ。
オレは、父の血を継いでいる。頑固で融通のきかない父の血を、継いでいる。
そしてルーデウスもだ。
この頑固なところを見ろ。ルーデウスも自分の子供だ。
オレはあの日、今すぐ出ていけと言われ、売り言葉に買い言葉で家を出ていった。ルーデウスは出ていくだろう。大人になったら出ていくと言っていたが、いますぐ出ていけと言われれば、すぐに出ていくだろう。そういうところがあるはずだ。
父はオレが旅に出てしばらくして病に倒れ、死んだと聞く。風の噂では、今際の際まであの日の喧嘩のことを後悔していたらしい。
そのことに関しては、オレにだって負い目はある。
いや、ハッキリ言おう、後悔している。
それに照らしあわせて考えるに、ここでルーデウスに出ていけと言って本当に出ていかれたら、間違いなく後悔するだろう。
オレはもちろん、ルーデウスも後悔する。
我慢だ。経験から学んだじゃないか。
それに、子供が生まれた時に決めたじゃないか。あの父のようにはならないと。
「……すまなかった。父さんが悪かった。話してくれ」
謝罪は自然と口に出た。
すると、ルーデウスはスッと表情を和らげ、淡々と説明してくれた。
なんでも、ロールズの子がイジメられていたところに通りがかって、助けに入ったのだという。
殴るどころか、泥玉を投げあっただけで、喧嘩すらしていないという。
その話が本当なら、ルーデウスは胸を張って誇れることをしている。だというのに、褒められるどころか言い分も聞いてもらえずに殴られたことになる。
ああ、思い出す。
自分が幼い頃にも、そういうことは何度もあった。父は一切聞いてくれず、オレの至らない部分ばかりを責めた。その度にやるせない気持ちになったものだ。
失敗した。何が説教しなければ、だ。
はぁ……。
ルーデウスは、そんな自分を責めることなく、最後には慰めてすらくれた。できた息子だ。できすぎだ。本当に自分の息子なのだろうか。……いや、ゼニスが浮気しそうな相手の中に、あんな優秀な子供の父親はいない。うう、自分の種がこんなに優秀だったとは……。
誇らしいと思うより、胃が痛い。
「父様、今度シルフを家に連れてきてもいいですか?」
「え? ああ、もちろんだ」
しかし、今は息子に初の友達ができたことを喜んでおこう。
第八話「鈍感」
六歳になった。
生活はあまり変わっていない。
午前中は剣術の鍛錬。午後は暇があればフィールドワークと、丘の木の下で魔術の練習。
最近は、魔術を使って剣術の補助的な動きができないかと色々試している。
風を噴出して剣速を上げたり、衝撃波を起こして自分の身体を急反転させたり、相手の足元に泥沼を発生させて足を止めたり……。
そんな小手先の技ばかり考えているから、剣術の方が成長しないと思う奴もいるだろう。
だが、俺はそうは思わない。
格闘ゲームで強くなる方法は二種類だ。
一つ目は、相手より弱い能力で勝つ方法を考える。
二つ目は、自分の能力を高くするために練習する。
今現在、俺が考えているのは一つ目だ。
課題としては、パウロに勝つこと。
パウロは強い。父親としてはまだまだだが、剣士としては一流だ。
二つ目だけを重視し、馬鹿正直に身体を鍛えていけば、確かにいつかは勝てるだろう。
俺は六歳だ。十年経てば十六歳、対するパウロは三十五歳。
さらに五年経てば二十一歳、対するパウロは四十歳。
いつかは勝てるが、それでは意味がない。
年老いた相手に勝ったところで、「いやー、現役の頃だったらなー」と言い訳されるだけだ。
脂の乗っている時期に倒してこそ、意味がある。
パウロは現在二十五歳。
第一線は退いたようだが、肉体的には一番いい時期だ。あと五年以内には一度ぐらい勝ちたい。
できれば剣術で。でもそれは無理そうだから、魔術を織り交ぜた接近戦で。
そう思いながら、俺は今日も脳内パウロ相手にイメトレをする。
★ ★ ★
丘の上の木の下にいると、高確率でシルフがやってくる。
「ごめん、待った?」
「ううん、いまきたとこ」
と、待ち合わせのカップルみたいなことをいって遊び始める。
最初の頃は遊んでいると例のソマル坊、他クソガキ共がよってきた。途中から小学生高学年ぐらいの子供も混ざったが、全て撃退した。その度に、ソマルの母親がウチに怒鳴りこんできた。
それでわかったのだが、ソマルの母親は子供のこと云々というより、どうやらパウロのことが好きらしい。子供の喧嘩をダシに会いにきていたというわけだ。馬鹿馬鹿しい。
かすり傷一つでウチまで歩かされるソマル君もうんざりしているようだった。彼は当たり屋ではなかったのだ。疑ってすまんね。
襲撃があったのは五回ぐらいか。
ある日を境にパッタリと来なくなった。たまに遠くの方で遊んでいるのを見かけるし、すれ違うこともあるが、互いに話しかけることはない。
無視することに決めたらしい。
こうして、あの一件は一応の解決をし、丘の上の木は俺たちの縄張りとなった。
★ ★ ★
さて、クソガキよりもシルフのことだ。
彼には遊びと称して、魔術の訓練を施している。
魔術を覚えれば、クソガキを一人で撃退することもできるからだ。
最初の頃、シルフは入門的な魔術を五~六回で息切れしていたが、この一年で魔力総量もかなり増えてきた。半日ぐらいなら、ずっと魔術の練習をしていても問題ない。
『魔力総量には限界がある』
この言葉の信憑性は実に薄い。
もっとも、魔術の方はまだまだだ。
特に彼は火が苦手だった。シルフは風と水の魔術を実に器用に操ったが、火だけはうまくできなかった。
なぜか。長耳族の血が混じっているから?
違う。
ロキシーの授業で習った、『得意系統・苦手系統』というヤツだ。
文字どおり、人にはそれぞれ、得意な系統と苦手な系統が存在しているのだ。
一度、「シルフ、火が怖いか」と、聞いてみたことがある。
すると、彼は「ううん」と首を振ったが、手のひらを見せてくれた。そこには醜い火傷の痕。
三歳ぐらいの時、親が目を離した隙に暖炉の鉄串を掴んでしまったのだという。
「でも、今は怖くないよ」
と、彼は言うけれど、やはり本能的に怯えているのだろう。
そういう経験が、苦手系統に影響するのだ。
例えば炭鉱族は、水が苦手系統になることが多い。
彼ら炭鉱族は山の近くで暮らしており、子供の頃から土をいじって遊び、成長と共に父親について鍛冶を学んだり鉱石を掘り出したりして過ごすため、火と土は得意になりやすい。しかし、山で活動している時に、いきなり温泉が湧いて火傷をしたり、大雨で洪水になって溺れたりすることが多く、水が苦手になりやすい。
といった感じで、直接的には種族は関係ないのだ。
ちなみに俺に苦手系統は無い。
ぬくぬく育ったからな。
別に火が使えなくても温風と温水は作れる。
だが概念を教えるのが面倒だったので、火の魔術も練習させた。火はどんな時でも使えておいて損はない。サルモネラ菌は熱すれば死滅するのだ。食中毒で死にたくなければ、火は通さねば。
もっとも、初級の解毒魔術で大抵の毒は中和できるようだがね。
シルフは苦戦しながらも、文句を言わずに練習していた。
自分の言い出したことだからだろう。
俺の杖(ロキシーからもらったやつ)と、俺の魔術教本(家から持ってきたやつ)を手に、難しい顔で詠唱するシルフは美しい。
男の俺ですらこう思うのだから、将来モテるんだろう。
(嫉妬の心は父ごころ……)
どこからかそんな声が聞こえたような気がして、慌てて首を振る。
いやいや。嫉妬しても意味はない。そもそも、そういう作戦じゃないか。
イケメン友釣り作戦。
シルフイケメン、オレフツメン、オンナヤマワケ♪
「ねぇ、ルディ。これなんて読むの?」
脳内で歌っていると、シルフが魔術書のページを指さして、上目遣いで見つめていた。
この上目遣いも強力だ。思わず抱きしめてキスしてしまいたくなる。
ぐっと我慢。
「これはな、『雪崩』だ」
「どういう意味なの?」
「ものすごい量の雪が山に溜まった時、重さに耐え切れずに崩れ落ちてくるんだ。ほら、冬に屋根の上に雪が溜まった時に、たまにドサッと落ちてくるだろ? あれの凄いやつ」
「そうなんだ……すごいね。見たことあるの?」
「雪崩をか? そりゃあもちろん…………ないよ」
テレビでしかね。
シルフに魔術教本を読ませる。それは読み書きを教えるということにもつながっていた。文字も学んでおいて損はない。
この世界の識字率がどれぐらいか知らないが、現代日本のように識字率が約一〇〇%というわけではないだろう。
この世界には文字を読めるようになる魔術はない。
識字率が低ければ低いほど、文字が読めるということは有利になる。
「できた!!」
シルフが歓喜の声を上げた。見れば、見事に中級の水魔術『氷柱』に成功していた。地面からぶっとい氷の柱が生え、陽の光を浴びてキラキラと光っている。
「大分上達してきたな」
「うん!! ……でも、この本にルディが使ってたの、書いてないよね?」
シルフが首をかしげながら聞いてくる。
「ん?」
使ってたの、と言われてお湯のことだと思い至る。
俺は魔術教本をペラペラとめくり、二点を指で示す。
「書いてあるじゃん。水滝と灼熱手」
「……?」
「同時に使うんだ」
「…………??」
首をかしげられた。
「どうやって二つ一緒に詠唱するの?」
しまった。自分の感覚で話してしまっていた。そうだね、口で二つ同時は無理だよね……。
これではパウロを感覚派だと笑えないな。
「えっと。呪文を詠唱しないで水滝を出して、それを灼熱手で温めるんだ。片方は詠唱してもいいと思うし、桶に水を溜めて、あとから温めるのでもいい」
無詠唱で同時にやるのを実演してみる。
シルフは目を丸くして見ていた。無詠唱での魔術というのは、やはりこの世界では高等技術に入るらしい。ロキシーはできなかったし、魔法大学の教師にもできる人は一人しかいなかったらしい。
だから、シルフも無詠唱ではなく混合魔術を使っていくべきだろう。
難しいことをやらなくても、似たような結果は出せるのだからと、俺は思ったのだが。
「それ、教えて」
「それって?」
「口で言わないやつ」
シルフはそうは思わなかったらしい。
そりゃあ、二つの魔術を交互にやるより、一発で出せたほうがよさそうに見えるか。
うーむ……ま、教えてみて無理そうなら、自分で混合魔術を使っていくだろう。
「んー。そうだな。じゃあ、いつも詠唱中に感じる、体中から魔力が指先に集まっていく感じ。あれを詠唱しないでやってみるんだ。魔力が集まってきたな、と思ったら、使おうと思っていた魔術を思い浮かべて、手の先から絞り出す、そんな感じでやってみろよ。最初は水弾あたりからね」
伝わったかな?
うまく説明できん。
シルフは目をつぶってむーむー唸ったり、くねくねと変な踊りを踊ったりしだした。
感覚でやっていることを伝えるのは難しい。
無詠唱なんて頭の中でやることだ。人それぞれ、やりやすい方法も違うだろう。
最初は基礎が大事だと思って、シルフィにはこの一年、ずっと詠唱させてきた。
やはり詠唱すればするほど、無詠唱は難しくなるのだろうか。今まで右手でやっていたことを左手でやるのと同じように、今更変えろというのは難しいのだろうか。
「できた! できたよルディ!!」
と、思ったがそうでもないらしい。
シルフは嬉しそうな声を上げて、水弾を連発しだした。
詠唱してたと言っても、所詮は一年。自転車の補助輪を外す程度の感覚でできてしまうものらしい。若さゆえの感性か。あるいはシルフの才能か。
「よし、じゃあ。今までに憶えた魔術を無詠唱でやってみろよ」
「うん!!」
なんにせよ無詠唱でやれるのなら、俺も教えやすい。
自分でやってることを教えていくだけだからな。
「ん?」
と、そこでポツポツを雨が降り始めた。
空を見ると、いつのまにか真っ黒な雨雲が空を覆っていた。
一瞬の間を開けて、叩きつけるような雨が降ってきた。
いつもは空の様子を見て、帰るまでは降らないように調整していたが、今日はシルフが無詠唱で魔術を使えたということで、油断してしまったらしい。
「あーあー、酷い雨だな」
「ルディ。雨降らせられるのに、やませられないの?」
「できるけど、もう濡れちゃったし、作物は雨が降らないと育たないからね。天気が悪くて困ってるって言われない限りはやらないよ」
そんな話をしながら、俺たちは走ってグレイラット邸へと戻った。
シルフの家は遠いからだ。
★ ★ ★
「ただいま」
「お、おじゃま、します……」
家に入ると、メイドのリーリャが大きめの布を持って立っていた。
「おかえりなさい。ルーデウス坊ちゃま……と、お友達の方。お湯の準備ができています。風邪を引かないうちにお二階で体をお拭きください。もうすぐ旦那様と奥様が帰ってらっしゃいますので、わたくしはそちらの用意をしています。お一人でできますか?」
「大丈夫です」
リーリャはどしゃ降りを見て、俺が濡れて戻ってくると予測していたらしい。彼女は口数が少なく、あまり話しかけてもこないが、有能なメイドだ。特に説明せずとも、シルフの顔を見ると家の中に取って返し、大きめの布をもう一枚持ってきてくれた。
俺たちは靴を脱いで裸足になり、頭と足元を拭いてから二階へと上がった。
自室に入ると、大きな桶にお湯が張ってあった。この世界には、シャワーというものはもちろん、湯船にお湯を張るという文化もないから、これで体を洗うのだ。
ロキシーの話によると、温泉はあるらしいが。
ま、風呂嫌いの俺としては、こんなもんでいい。
「ん?」
俺が服を脱いで全裸になった時、シルフは顔を赤くしてもじもじとしていた。
「どうした? 脱がないと風邪引いちゃうぜ?」
「え? う、うん……」
しかし、シルフは動かない。人前で脱ぐのが恥ずかしいのか……。
それとも、まだ一人で脱げないのだろうか。しょうがないな、六歳にもなって。
「ほら、両手上げて」
「えと……うん……」
シルフに両手を上げさせて、ぐっしょりと濡れた上着をずぼっと引きぬく。
筋肉のついていない真っ白い肌が露わになる。そのまま下も脱がそうとすると、腕を掴まれた。
「や、やだぁ……」
見られるのが恥ずかしいのか。
俺も小さい頃はそうだった。幼稚園の頃だ。プールの時間になると全裸になってシャワーを浴びるのだが、同年代に見られるのが妙に恥ずかしかった。
とはいえ、シルフの手は冷たい。早くしないと本当に風邪を引いてしまう。
俺は強引にズボンを引きずり下ろした。
「や……やめてよぉ……」
子供用のカボチャパンツに手をかけると、ぽかりと頭を殴られた。
見上げると、シルフが涙目になって睨みつけていた。
「笑ったりしないから」
「そ、そうじゃな……や、やぁ……!!」
わりと本気の拒絶だった。シルフと知り合ってから、こんなに激しく拒絶されたのは初めてだ。
ちょっとショック。
あれか。長耳族には裸を見せてはいけないという掟でもあるのか?
だとすると、無理やり脱がすのも悪いか……。
「わかった、わかったよ。そのかわり、後でちゃんと履き替えろよ。濡れたパンツって結構気持ち悪いし、冷やすとお腹壊すからな」
「うー……」
俺が手を離すと、シルフは涙目になりながら、こくこくと頷いた。
可愛い。この可愛らしい少年と、もっと仲良くなりたい。
そう思ったら、唐突に俺の中にイタズラ心が芽生えた。
俺だけ全裸って、不公平じゃん。
「隙あり!」
パンツに手を掛けて、一気にずり下ろした。
いでよ!! ゼン○ーペンデュラム!
「ぇ……ぃ、ぃゃあーっ!!」
「…………え?」
シルフの悲鳴。一瞬でしゃがみこんで体を隠す。
その一瞬、俺の目に映ったのは、最近見慣れたピュアなショートソードではなかった。
もちろん、禍々しい紋様の浮かぶダークブレードでもなかった。
そこにあったものは、いや、なかったものは──。
そう………なかったのだ。
ないはずのものがあったのだ。
生前に、パソコンのモニターの中で何度も見てきたものだ。
時にはモザイクがかかっていたり、時には無修正だったり。俺はそれを見ながら、いつかはホンモノを舐めたい入れたいと思いながら、ブラックラストをホワイティキャノンしてペーパーハンケチーフにミートさせていたもの──それがあった。
シルフは。