驚いた瞬間、水弾はあっけなく落ちてしまった。
「…………あ」
あれ……今、詠唱しなかったよな?
なんでだ……?
俺がやったことと言えば、さっき魔術を使った時の感覚を、そのまま真似しただけだ。
もしかして、魔力の流れを再現できれば、別に詠唱しなくてもいいのか?
無詠唱ってそんな簡単にできるもんなのか?
普通は上位スキルだろ?
「簡単にできるんなら、詠唱ってのはなんの意味があるんだ?」
俺のような初心者でも、無詠唱で魔術を発動させることができた。
身体の魔力を手の先に集めて、頭の中で形を決める。
それだけで、だ。
なら、詠唱なんて必要ないだろう。みんなこうすればいい。
(……ふむ)
もしかすると、詠唱というのは魔術を自動化してくれるのではないだろうか。
いちいち集中して全身から血液を集めるように念じなくても、言葉を発するだけで全てやってくれる。
それだけのことなのではないだろうか。
車のマニュアルとオートマのようなもので、実は手動でやろうと思えばできるものなのではないだろうか。
『詠唱すれば自動的に魔術を使ってくれる』。
これの利点は大きい。
まず第一に、教えやすい。
体中の血管から血液を集めるような感じでー……と、説明するより、詠唱すれば誰でも一発でできるほうが、教えるほうも教えられるほうも楽だ。
そうして教えている間に段々と、『詠唱は必要不可欠なもの』となっていったのではないだろうか。
第二に、使いやすい。
言うまでもないことだが、攻撃魔術を使うのは戦闘中だ。
戦闘中に目をつぶって、うぬぬー、と集中するより、早口で詠唱したほうが手っ取り早い。
全力疾走しながら精緻な絵を描くのと、全力疾走しながら早口言葉を言うの、どっちが楽かということだ。
「人によっては前者の方が楽かもしれんが……」
パラパラと魔術教本をめくってみたが、無詠唱の記述はなかった。
おかしな話だ。俺がやった感じでは、そう難しくはなかった。
俺に特別才能があるのかもしれないが、他の人がまったく使えないってことはないだろう。
こう考えるのはどうだろう。
魔術師は普通、初心者から熟練者まで、みんな詠唱で魔術を使い続けているのだ。
何千回、何万回と使い続けるうちに身体が詠唱に慣れきってしまう。
なので、いざ無詠唱でやろうとしても、どうやればいいのかわからない。
ゆえに、一般的ではないとされ、教本には書かれていない。
「おお、辻褄があってる!!」
てことは、今の俺は一般的ではないってことだ。
すごくね?
うまいこと裏ワザを使えた感じじゃなくね?
『まさか くらいむ の かたりすと を おらとりお なしで?』
『ただ ふつうに この かたりすと を つかって ちゃねる を ひらかせただけなのに』
って感じじゃね?
うっは、興奮してきた!!
おっと、いかんいかん。ちょっと落ち着け、クールになれ。
生前の俺はこの感覚に騙されてあんなことになった。
パソコンが人並み以上にできることで選民意識を持ってしまったがゆえに、調子こいて失敗した。
自重しよう自重。大切なのは、自分が他人より上だと思わないことだ。
俺は初心者。初心者だ。
ボウリング初心者が初投で運よくストライクをとれただけ。
ビギナーズラックだ。才能があるとか勘違いしないで、ひたすら練習に励むべきだ。
よし。最初に魔術を詠唱して唱えて、その感覚を真似して、ひたすら無詠唱で練習する。
これでいこう。
「それじゃあもう一発」
と、右手を前に出してみると、妙にだるい。
しかし、なんか肩のあたりにズッシリと重いものが載っている感じがする。
疲労感だ。
集中したせいだろうか。
いや、俺もネトゲプロ(自称)の端くれ、必要とあらば不眠で六日間狩りをし続けることもできた男だ。
このぐらいで切れる集中力は持ちあわせていないはず。
「てことは、MPが切れたか……?」
なんてこった……。魔力総量が生まれた時に決まるのなら、俺の魔力は水弾二発分ということになる。
さすがに少なすぎね? それとも、最初だから魔力をロスしてるとか、そういうのなんかね?
いや、そんな馬鹿な。
念のためもう一発出してみたら、気絶してしまった。
★ ★ ★
「もう、ルディったら、眠くなったらちゃんとトイレにいってベッドに入らなきゃダメでしょ」
起きた時には、読書中に居眠りして、そのままおねしょをしたことになっていた。
ちくしょう。この歳で寝小便したと思われるとは……。
ちくしょう……ちくしょう……。って、まだ二歳か。寝小便ぐらい許されるか。
てか、魔力少なすぎだろ。
はぁ……萎えるわ……。まぁ、水弾二発でも、使い方次第か。
精々、咄嗟に出せるように練習だけしておくか……。
はぁ……。
★ ★ ★
次の日は、水弾を四つ作っても平気だった。
五つ目で疲れを感じた。
「あっれぇ……?」
昨日の経験から、次の一発で気絶するとわかっていたので、ここでやめておく。
で、考える。
最大六つ。昨日の二倍だ。
俺は桶に入った水弾五発分の水を見ながら、考える。
昨日の今日で回数が二倍に増えた理由を。
昨日は最初から疲れていたとか、初めてだから消費MPが大きかったとか。
今日は全部無詠唱でやったから、詠唱をする、しないで変わることはないはず。
わからん。
明日になったら、また増えているかもしれない。
★ ★ ★
翌日。
水弾を作れる回数が増えた。
十一個だ。
なんだか、使った回数分だけ増えている気がする。
もしそうなら、明日は二十一個になっているはずだ。
さらに翌日。
念のため、五個だけ使ってその日はやめておく。
さらにさらに翌日。
二十六個になっていた。
やっぱり、使った分だけ増えていく。
(嘘こきやがって……!!)
何が人の魔力総量は生まれた時に決まっている、だ。
才能なんて眼に見えないものを勝手に決め付けやがって。
子供の才能ってのは大人が勝手に見極めていいものじゃねえんだよ!!
「ま、本に書いてあることを鵜呑みにするなってことだな」
この本に書いてあるのは「人の幸せには限界がある」とかそういうレベルの話なのかもしれない。
あるいは、鍛えた結果の話なのだろうか。
頑張って鍛えても、魔力総量には限界値があるという話なのだろうか。
いやまて、そう結論付けるのはまだ早い。まだ仮説は立てられる。
例えば……。そう、例えば、成長に応じて増えていく、とか。
幼児の時期に魔力を使うと飛躍的に最大値が増える、とか。
あ、俺だけの特殊体質ってのも捨てがたいな。
……いや、だから自分を特別だと思うなって。
元の世界でも、成長期に運動すれば能力が飛躍的に伸びるとか言われていた。
逆に成長期を過ぎてから、頑張っても伸び率が悪いとも。
この世界だって、魔力とかなんとか言ってるけど、人間の体の構造は変わらないはずだ。
基本は一緒。
なら、やることは一つだ。
成長期が終わる前に鍛えられるだけ、鍛える。
★ ★ ★
翌日から、限界まで魔力を使っていくことにした。
同時に、使える魔術の数を増やしていく。
感覚さえ覚えれば、無詠唱で再現することは簡単だ。
とりあえず、近日中に全系統の初級魔術は完全にマスターしたいと思う。
初級魔術というのは、文字通り攻撃魔術の中で最も低いランクに位置する。
水弾や火弾はその中でも、特に入門的な位置づけにある初級魔術だ。
魔術の難易度は七段階に分かれている。
『初級、中級、上級、聖級、王級、帝級、神級』
一般的に教育を受けた魔術師は自分の得意な系統の魔術を上級まで使えるが、他の魔術は初級か中級までしか使えないらしい。
上級より上のランクを使えるようになると、系統に応じて火聖級とか水聖級とか呼ばれて一目置かれるのだとか。
聖級。
ちょっと憧れる。
しかし魔術教本には、火・水・風・土系統の上級魔術までしか載っていなかった。
聖級以上はどこで覚えればいいのだろうか……。
いや、あまり考えないようにしよう。
RPGツ○ールでも、最強のモンスターから作ると、高確率で挫折する。
まずは最初のスライムからだ。
もっとも、俺はスライムから作っても完成させたことがないがね。
★ ★ ★
さて、教本に書かれている水系統の初級魔術は以下の通りだ。
水弾:水の弾を飛ばす。ウォーターボール。
水盾:地面から水を噴出させて壁を作る。ウォーターシールド。
水矢:二十㎝ほどの水の矢を飛ばす。ウォーターアロー。
氷撃:氷の塊を相手にぶつける。アイススマッシュ。
氷刃:氷の剣を作り出す。アイスブレード。
ひと通り使ってみた。
初級と一口に言っても、使う魔力はまちまちだった。
水弾を一とすれば、大体二~二十ぐらいか。
基本的には水系だ。
火を使って火事にでもなったら危ないからな。
火事と言えば、消費魔力は温度も関係しているのか、上級になればなるほど氷が増えていくようだ。
しかし、水弾にしろ水矢にしろ、飛ばすとか書いてあるのに飛んでいかなかった。
なんだろう、どこかで何かを間違えているのだろうか……。
うーむ。わからん。
魔術教本には、魔術の大きさや速度についても書いてある。
もしかすると、弾を作り出した後に、さらに魔力で操作するのだろうか。
やってみる。
「お?」
水弾が大きくなった。
「おお!!」
ばちゃん。
「おぉ……」
しかし、やはり落ちてしまう。
その後、色々やって水弾を大きくしたり小さくしたり。
違う水弾を二つ同時に作ったり。
それぞれの大きさを変えてみたり。
と、新たな発見はあったが、一向に飛んでいかなかった。
火と風は重力に影響を受けないせいか空中に浮いているのだが、結局は一定時間で消えてしまう。
ふよふよと浮いた火の玉を風で飛ばしてみたりもしたが、何かが違う気がする。
うーむ……。
★ ★ ★
二ヶ月後。
試行錯誤の末、ようやく水弾を飛ばすことができた。
それが切っ掛けとなり、詠唱の仕組みが大体解明できた。
詠唱は、ある一定のプロセスを辿っている。
生成→サイズ設定→射出速度設定→発動。
このうち、サイズ設定と射出速度設定を術者自身が設定することで、術が完成する。
つまり詠唱をすると。
一.まず自動的に使いたい魔術の形が作り出される。
二.その後、一定時間以内に魔力を追加して、サイズを調整。
三.サイズ調節後、さらに一定時間以内に魔力を追加することで、射出速度を調整。
四.準備時間が終わると、術者の手を離れ、自動的に発射される。
という流れになるわけだ。
多分間違っていない……と思う。
詠唱の後、二回に分けて魔力を追加するのがコツだったのだ。
サイズ調節をしなければ、射出速度の調節に行かない。
道理で飛ばそうとしても大きくなるだけで何も起こらないわけだ。
ちなみに無詠唱でやる場合は、それら全てのプロセスを自分でやる必要がある。
面倒に思えるが、サイズと射出速度の入力待ち時間を短縮できる。
詠唱するよりも数段早く発射することが可能だ。
また、無詠唱なら生成の部分もいじることができた。
例えば教本には書いていないが、水弾を凍らせて、氷弾にするとかだ。
これを練習していけば、カイザーフェニックス(ドヤ顔)とかもできるだろう。
アイデア次第でいくらでも応用が効くのだ。
面白くなってきた!!
……けど、基本は大事だ。
色々と実験するのは、魔力総量がもっと増えてからにしよう。
『魔力総量を上げる』
『息をするように無詠唱で魔術を使えるようになる』
次の課題はこの二つだ。
いきなり大きな目標を立てると挫折しちゃうからな。
小さなことからコツコツだ。
よーし、頑張るぞ。
そうして、俺は毎日、気絶寸前まで初級魔術を使い続けて過ごした。
第四話「師匠」
三歳になった。
最近になって、ようやく両親の名前を知った。
父親はパウロ・グレイラット。
母親はゼニス・グレイラット。
俺の名前はルーデウス・グレイラット。
グレイラット家の長男というわけだ。
ルーデウスと名付けられたわけだが、父親も母親も互いに名前を呼び合わないし、俺のことはルディと略すので、正式名称を覚えるのに時間が掛かったのだ。
★ ★ ★
「あらあら、ルディは本が好きなのね」
本を常に持って歩いていると、ゼニスはそういって笑った。
彼らは俺が本を持っていることを咎めなかった。
食事中も脇に置いているし。だが、魔術教本は家族の前では読まないようにしていた。
能ある鷹は爪を隠す、というわけではないが、この世界における魔術の立ち位置がわからない。
生前の世界では、中世に魔女狩りというものがあった。
魔法を使う者は異端で火あぶりというアレだ。
さすがにこんな本が実用書として存在しているこの世界で、魔術が異端ということはないだろうが、あまりいい顔はされないかもしれない。
魔術は大人になってから、とかいう常識があるのかもしれない。
なにせ、使いすぎると気絶するような危ないものなのだ。
成長を阻害させるとか思われているかもしれない。
そう思ったので、家族の前では魔術のことは隠している。
もっとも、窓の外に向かって魔術をぶっ放したこともあるので、もうバレてるかもしれない。
しょうがないじゃないか、射出速度がどれだけ出るのか試したかったんだから。
メイド(リーリャさんというらしい)は、たまに険しい顔で俺を見てくるが、両親は相変わらずのほほんとしているので、大丈夫だと思いたい。
止められるのならそれでもいいが、成長期があるとして、それを逃したくはない。
才能は伸びる時に伸ばしておかないと錆び付いてしまう。
今のうちに使えるだけ使っておかなければ。
★ ★ ★
そんな魔術の秘密特訓に終止符が打たれた。
ある日の午後だった。
そろそろ魔力量も増えてきたし、中級の魔法を試そうと、軽い気持ちで水砲の術を詠唱した。
サイズ:一 速度:〇。
いつもどおり、桶に水が溜まるだけだと思っていた。
ちょっと溢れるかもね、ぐらいには考えていた。
そうしたら、凄まじい量の水が放出されて、壁に大穴が開いた。
穴の縁から、ポタポタと水滴が地面に落ちるのを、俺は呆然と見ていた。
呆然としながらも、どうにかしようとは思わなかった。
壁には穴が開き、間違いなく魔術を使ったとバレる。
それはもうしょうがないことだった。
俺は諦めが早いのだ。
「何事だ!! うおあっ……」
最初にパウロが飛び込んできた。
そして、壁に開いた大穴を見てあんぐりと口を開けた。
「ちょ、おい、なんだこりゃ……ルディ、大丈夫なのか……?」
パウロはいい奴だ。
どう見ても俺がやったようにしか見えないのに、俺の身を案じているのだから。
今も「魔物……か? いやこのへんには……」などと呟いて、注意深く周囲を警戒している。
「あらあら……」
続いてゼニスが部屋に入ってくる。
彼女は父親より冷静だった。
壊れた壁と、床の水たまりなどを順番に見ていき、
「あら……?」
目ざとく、俺の開いていた魔術教本のページに目を留めた。
そして俺と魔術教本を見比べると、俺の目の前でしゃがみこんで、優しげな顔で目線を合わせる。
怖い。
目の奥が笑ってない。
泳ぎそうになる目線を、必死にゼニスに向ける。
俺はニート時代に学んだのだ、悪いことをして開き直って不貞腐れても、事態は悪化する一方だと。
だから、決して目を逸らしてはいけない。
こういう時に必要なのは、真摯な態度だ。
目を合わせて逸らさない、というのはそれだけで真摯に見える。
内心でどう思っていても、少なくとも見た目は。
「ルディ、もしかして、この本に書いてあるのを声に出して読んじゃった?」
「ごめんなさい」
俺はこくりと頷き、謝罪を口にする。
悪いことをした時は、潔く謝ったほうがいい。
俺以外にやれる奴はいない。
すぐバレる嘘は信用を落とす。
生前はそうやって軽い嘘を重ねて信用を落としていったものだ。
同じ失敗はすまい。
「いや、だっておまえ、これは中級の……」
「きゃー! あなた聞いた!! やっぱりウチの子は天才だったんだわ!!」
パウロの言葉を、ゼニスが悲鳴で遮った。
両手を握って、嬉しそうにぴょんぴょんと跳んだ。
元気だね。
俺の謝罪はスルーですかい?
「いや、おまえ、あのな、だって、まだ文字を教えてな……」
「今すぐ家庭教師を雇いましょう!! 将来はきっとすごい魔術師になるわよ!!」
パウロは戸惑い、ゼニスは歓喜している。
どうやら、ゼニスは俺が魔術が使えたのが嬉しくてしょうがないらしい。
子供が魔術を使っちゃいけないとかは、俺の杞憂に過ぎなかったらしい。
リーリャは平然と無言で片付けを始めている。
恐らく、このメイドは俺が魔術を使えることを知っていたか、薄々感づいていたのだろう。
別に悪いことじゃないから特に気にも留めなかっただけで。
あるいは、この両親が歓喜するところを見たかったのかもしれない。
「ねえあなた、明日にもロアの街で募集を出しましょう!! 才能は伸ばしてあげなくっちゃ!!」
ゼニスは一人で興奮し、天才だの才能だのと騒いでいる。
いきなり魔術をぶっぱなしたぐらいで天才ときた。
親馬鹿ってやつなのか、中級魔術を使えるのがすごいことなのか、判別がつかない。
いや、やはり親馬鹿だろう。
俺はゼニスの前では魔術を使う素振りは一切見せなかった。
なのに「やっぱり」なんて言葉が出てくるということは、以前から俺が天才かもしれないと思っていたのだ。
根拠も無く……。
ああ、いや。
心当たりがあった。
俺はひとりごとが多い。
本を読んでいる時でも、気に入った単語やフレーズをボソボソと呟いてしまうことがある。
この世界に来てからも、本を読みながらボソボソとひとりごとを口にしていた。
最初は日本語だったが、言葉を覚えてからは無意識にこの世界の言葉を使うようになった。
そして、ひとりごとを聞いたゼニスは「ルディ、それはね──」と、単語の意味を教えてくれるのだ。
おかげで、この世界の固有名詞も結構憶えることができたのだが、ま、それはおいておこう。
誰も何も言わなかったが、俺はこの世界の文字を独学で覚えた。
言葉も教えてもらっていない。
両親からしてみれば、我が子は教えてもいないのに文字を読み、本の内容を口に出して喋れる、という認識をされていたのだろう。
天才だろう。
俺だって自分の子供がそんなんだったら天才と思う。
生前、弟が生まれた時もそうだった。
弟は成長が早く、何をするのも俺や兄より早かった。
言葉を喋るのも、二本の足で歩くのも。
親というのはのんきなもので、何かを子供がする度に、「あの子は天才じゃないかしら」とのたまうのだ。それが大したことではなくとも。
まぁ、高校中退のクズニートだったとはいえ、精神年齢は三十歳以上だ。
それぐらいには思われないとやるせない。
十倍だぞ十倍!!
「あなた、家庭教師よ!! ロアの街ならきっといい魔術の先生が見つかるわ!!」
そして、才能がありそうと見るや英才教育を施そうとするのは、どこの親も一緒らしい。
生前の俺の親も弟を天才だと持て囃して、習い事をたくさんさせていた。
というわけでゼニスは魔術師の家庭教師を付けることを提案したのだが。
これをパウロが反対した。
「いやまて、男の子だったら剣士にするという約束だったろう」
男だったら剣を持たせ、女だったら魔術を教える。
生まれる前にそういう取り決めをしていたらしい。
「けれど、この歳で中級の魔術を発動できるのよ!! 鍛えればすごい魔術師になれるわ!!」
「約束は約束だろうが!!」
「なによ約束って!! あなたいつも約束破るじゃない!!」
「俺のことは今は関係ないだろうが!!」
その場で夫婦喧嘩を始める二人。
平然と掃除するリーリャ。
「午前中は魔術を学んで、午後から剣を学べばいいのでは?」
口論はしばらく続いたが、掃除を終えたリーリャがため息混じりにそう提案することで、口論はやんだ。
そして、馬鹿親は子供の気持ちを考えず、習い事を押し付ける。
ま、本気で生きるって決めたし、いいんだけどね。
★ ★ ★
そんなワケで、ウチは家庭教師を一人雇うことになった。
貴族の子弟の家庭教師という仕事は、それなりに実入りがいいらしい。
パウロはこのへんでは数少ない騎士で、一応は下級貴族という位置づけになるらしいから、給金も相場と同じぐらいのものを出せるのだとか。
しかし、何しろここは国の中でも端の方の田舎。
つまり辺境らしく、優秀な人材はもちろん、魔術師すらほとんどいない。
魔術ギルドと冒険者ギルドに依頼を出したところで、はたして応じる者がいるかどうか……。
という心配があったらしいが、あっさりと見つかったらしく、明日から来てくれることになった。
この村には宿屋が無いので、住み込みになるらしい。
両親の予想によると、来るのは恐らくすでに引退した冒険者だ。
若者ならこんな田舎には来たがらないし、宮廷魔術師なら王都の方にいくらでも仕事がある。
この世界では、魔術の教師ができるのは上級以上の魔術師と決まっている。
ゆえに冒険者のランクとしては中の上か、それ以上。
長年魔術師として研鑽を積んだ中年か老人で、
ヒゲをたくわえたまさに魔術師って感じのが来るだろう、という話だった。
「ロキシーです。よろしくお願いします」
しかし、予想を裏切って、やってきたのはまだ年若い少女だった。